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同人サークルの「上海アリス幻樂団」によって制作された一連の弾幕系シューティングゲームの総称を「東方Project」と呼び、その中の一人に「蓬莱山輝夜」というキャラクターがいる。そして、彼女は主に二次創作という場において「ニートキャラ」という扱いを受けている場面を多々見掛けるが、私にはその扱いがあまり好きではない理由が大きく分けて二つある。という事で、以下この記事ではその二つの理由について記述していく事にする。
1、東方の世界観やキャラ設定に起因する理由
まず一つ目は、東方の世界観やキャラ設定に起因する理由だ。そもそも、東方の舞台となる世界「幻想郷」は、我々が住んでいる現代社会と違って、何らかの職に就くために情報を収集したりスキルを高めたりして競争し合うという世界観ではなく、基本的にのんびりとしていて、たまにゲームの主題となる異変が起こる空想上の世界なのだ。そういった職を奪い合う必要の無い世界においてそもそも「ニート」つまり、「教育を受けておらず、労働をしておらず、職業訓練もしていない」という概念を持ち込む事自体がナンセンスな話だ。なぜなら、「幻想郷」という空想世界においては、その日暮らしをしているキャラクターが数多く存在するので現代社会における「ニート」という概念を持ち込んでまでその対象を明確に分ける必要性がないからだ。そして、そもそも「ニート」という概念内の要素である、その社会の構成員が受けるべき教育機関というものが存在しないし、彼女たちの能力や仕事と思われるものも先天的な要素が大きいので、後天的な職業訓練という概念が明確に存在し得るかどうかも怪しい。
また、「蓬莱山輝夜」がニートキャラという扱いを受けた発端は、まず一つ目は月世界においてお姫様として我侭し放題に育てられさらに引き篭もりがちであったという記述から、その後月を裏切り地上に移り住んだ際にも従者の「八意永琳」に生活を任せきりであったと考えられる点と、そしてもう一つは彼女が月に住んでいた際に自身が退屈だったのを環境のせいにしていたが、地上に住み変わっても退屈だったので、退屈なのは実は自分が何もしようとしなかったためであると気付き、自分がすべき事を模索しようとしているという記述があるからと考えられる。ここにおいても、一段落目の理由と同様に世界観がまるっきり違う「幻想郷」内において現代社会的な「ニート」という概念を持ち出すのはナンセンス以外の何者でもない。
こういった認識は、ゲームに付属の設定テキストを読むまでも無く少しインターネットで東方の世界観について調べてみると感じる事である。それならば、なぜ東方Projectの二次創作の作者はこのネタを使い続け、そしてそれを受容する者に「蓬莱山輝夜=ニートキャラ」という図式が受け入れられ続けるのだろうか、その主な理由は次に挙げる事だろう。
2、ルサンチマン的構造に起因する理由
ルサンチマン的構造というのはつまり、被支配者や(精神的)弱者が何らかの他者を叩かないと精神を維持出来ない構造の事である。この構造の元では社会的に弱い立場にあるとされている「ニート」は格好の叩き対象となる。そして、1つ目の理由で書いた「幻想郷」内のキャラ設定的な要因から「蓬莱山輝夜」というキャラクターは、現代社会的な「ニート」という概念を現代人に付与されて、そして叩きの対象としてのキャラクターに変容させられてしまったと考えられる。
多くの人間はそのニートキャラとしての「蓬莱山輝夜」を二次創作として見る事で面白いと思う事だろう。なぜなら、そうした行動によって自ら現代社会において物足りていない精神が充足されていると感じるからである。さらに言えば、現代社会の実在する人間へのニート叩きの原因もこれと同様のものだ。彼らは何かを叩かないと自らの足で立っている事が出来ないのだ。
そして少し考えれば分かる事だが、精神的に充足している知的能力が高い人間が何の理由も無しに社会的弱者と呼ばれている人間を叩く事があるだろうか。そんな事があるわけが無く、まず彼らはどういった理由で社会的弱者と呼ばれる立場になったのかという事を真っ先に考えて反応を返すであろう。というのも、そういった立場になった際の考え方や状況などの理由は、一個人が直ぐに考慮出来る範囲を超えて千差万別だからだ。社会が一般的な答えとして提示している「甘え」という理由を何も考えずにレッテル貼りをする事は頭を使わない人間のやる事である。もっとも、支配者や強者もこういった叩きをしないかというとこの限りではない。なぜなら、この世には残念な事に弱者叩きを利用しようとする連中も数多く存在するからである。
さらに言えば、こういった心理をも考慮しながら社会を見渡してみるともう少し人間の行動について深く理解出来るのかもしれない。そして、自分の行動をも省みる事が出来るようになるのかもしれない。
こういった文章を読んでも大半の人間は「冗談で言ってるんだからそんなに真面目に語らなくても」と思う事だろう。しかし、上記の事をある程度認識した上で冗談で言っているのかそうでないかという差は生きていく上で実はかなり大きな差だ。
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