オンライン麻雀戦術・牌譜検討&雑記ブログ

オンライン麻雀(天鳳など)の戦術を記したり、牌譜に関して様々なアプローチで検討します。しかし、最近は雑記がメインだったりします。来る者拒まず去る者追わずが信条のブログです。 
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2ヶ月ぶりに打ったので牌譜置いとく

牌譜

8/04 | 牌譜 | 特東喰赤速 | http://tenhou.net/0?log=2009080421gm-0061-0000-x1b73c7d382f3&tw=2
2位 涼微風々(+8) 久希(-31) ☆ねーね☆(+40) 自称最強雀士2(-17)

08/04 | 牌譜 | 三特南喰赤 | http://tenhou.net/0?log=2009080421gm-0039-0000-xe0983503fafd&tw=1
1位 蓬莱山=輝夜(+50) かーくん(-37) しょぅこたん(-13)

08/04 | 牌譜 | 特東喰赤速 | http://tenhou.net/0?log=2009080421gm-0061-0000-x39bf3d5cacdf&tw=1
4位 涼微風々(-32) イヤハヤ南友(-22) pause(-1) とうふぃ(+55)

何というど下手っぷり!
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終わった後の番外編~ネット麻雀の面白さ~

あまり時間が掛からなくて手軽で、能動的に関わる事が出来て、多少の興奮を覚え、ある程度の参加人数が揃っていて、家で出来るものって他にないものかな?

終わった後の番外編~配信~

単純に結果を出すために麻雀を辛抱強く打つ事については無期限やらないであろう事は前述の通りだけど、「喋り」やリアルタイムな音声によるコンテンツである「配信」という要素を付随させながら麻雀を打つというのなら(例え人が来なくても)やってみるのも面白いかもしれない。

という事で、題して「涼微(蓬莱山)の喋りと配信のための麻雀 1」という配信をいつかやるかもしれない!と忘れないために書いておこう。

やるとしたらLivetube?まぁ後で調べとこ。

(追記)
6/1 パソコンのスペックが低過ぎる…
6/3 色々と調べて後一歩ぐらいのところまでいきました!あと必要なのは少しの調整とやる気と暇ぐらいのものです。
涼微配信ページ
お世話になったページ:LiveTube Wiki超図解!Livetubeの実況サウンドコントロール

三人麻雀と四人麻雀ではどちらが天鳳の鳳凰卓に入りやすいのか?とかモチベーションに関する事

天鳳では段位七段かつR2000以上という条件を満たすと鳳凰卓というネット麻雀では最も選抜された卓で打てるようになるのですが、この鳳凰卓で打つ条件を満たすには三人麻雀と四人麻雀ではどちらの方が楽かという問いには、個人的な実感では三人麻雀の方が楽だと答えたい感じがします。

111.jpg

掲載の画像の通り三人麻雀では少しの期間調子が良いと(特上卓半荘戦65試合平均順位約1,68)四段中盤から六段の序盤ぐらいまでの1800pt近く貯まるのに対し、四人麻雀では少しの期間調子が良くても(特上卓東風戦184試合平均順位約2,33)1200ptぐらいしか貯まらないという、段位制度のミスマッチが起きている感じがします。

それに加えて四人麻雀の方が打つ人数が一人多いので時間の掛かり具合も長くなり、数百試合も鳳凰卓を目指して集中して打つというモチベーションを維持する事も試合時間が長い分、三人麻雀より困難な感じはします。

このモチベーション維持に関して、例えば麻雀関係の仕事をしている人ならば打つ事自体がある程度生活に直結してくるので維持する事も大して困難ではないかもしれないし、他にも一日の殆どの時間を麻雀につぎ込める人ならば休み休み打つ事が出来るので成績を維持する事も楽かもしれません(別に煽っているわけではないです)。

一方で特定の時間にしか打てない人が試合数を伸ばすにはその特定の時間に連戦するしかなく、そしてその連戦を長期に渡って小刻みに積み重ねていくしかないので、集中力やモチベーションの維持という点では多少不利な条件なのかもしれません(もちろんこのような事を言い訳にするもしないも当人の自由ですし、言い訳にする事も別にかっこ悪いとも思いませんけど、そういった特定の時間にしか打てなくて鳳凰卓まで行っている人がいるのもまた事実)。

ここで、そのような不利さを解消する一例として鳳凰卓に入る事に物凄く執着するという方法があります。(最近鳳凰卓入りした某ブロガーは三記事に渡ってその事をネタに書く位執着してましたからね。四麻と三麻の違いはあれど私がこのまま鳳凰入りしても(というか四麻でも)久しぶりに課金でもするかぐらいしか思わないでしょうけど( ̄w ̄)(別に煽りではないpart2)それにしても、言い訳に使うとかではなく鳳凰卓や段位に拘らずに気ままに打っている人も結構いるみたいですし、そういう事を知らずに優越感を得たいという理由のみで他人の打牌や低R低段位叩きをするのは個人的に好きではない)。

話は戻って、もう一つ三人麻雀の方が鳳凰卓に入り易い感じがする理由として、様々な判断に関する戦術が浸透していない気がする事も挙げられます(木原さんに言わせると錯覚か(; ・`д・´))。四人麻雀とは構造的な違い(牌の種類数や人数etc)やルールの違い(抜きドラやツモリ損etc)があるので同様の感覚で打つとずれた打ち方になると思います。

あと理由というより寧ろ最近の個人的な好き嫌いの問題として空気局(何もしない局)を作るのが嫌いというのがあります(先月の四麻184戦和了率27,1、放銃率15,0%(さすがに高すぎ(^_^;))&今月の三麻特上半荘戦和了率ランキング現状3位)。ですので、同様の性質を持っている人は三麻の方が合っているかもしれません。

他にも理由はいくらかありそうですけど、早く鳳凰卓で打ってみたい!という方には四人麻雀より三人麻雀がお勧めかな!?という記事でした。

(麻雀)2月の打ち方矯正メモ&打ち方矯正と確変に関する追記(2/23&2/26)

94.jpg

                            ↓

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「蓬莱山=輝夜」の今月の成績は画像の通りトップ率が2割以下とかなり悪くそれに伴って平均順位も悪化していたので、「涼微風々」の方で少し押し気味に矯正して136戦打ったところ取り敢えずまずまずの成績が出てしまいました。(一週間前のこの記事で「押し引きの感覚が(多分)戻ってきて」と書いていた事が現実になったのは少し嬉しい)

どうも私は、多少押し気味に意識して打たないと(性格的に?)引き気味の打ち方になってしまう傾向があるようで、そういえば12月28日頃に天鳳の特上卓で初鬼打ちした際のこの記事でもう少し押し気味にシフトさせないと平均順位は良くならないらしいという事を書き出して認識していたのですが、その後二ヶ月間ぐらいブログで記してきたように紆余曲折あって、今月上旬に10日ぶりぐらいに麻雀を再開した際にはそういった打ち方の傾向をすっかり忘れ去っていたらしいです。(そして、やっぱりこの記事でも言及した事ですが少し打ち方がずれていたら、試合数が少ないとはいええらい平均順位が変わるのな!)

特上に上がって少し経った頃のラス回避気味に打ち200試合以上R1940~R1970ぐらいの間を安定して行き来していた頃とは打って変わって、この大敗以来は短期間でR50以上良くなったり悪くなったりのレート変動が激しい打ち手と成り下がってしまいましたが、なんだかんだ言ってあの大敗は打ち方の停滞を打開するための一つの転機だったのでしょう。

個人的に朝・昼は打てなくて夜中に15連戦ぐらいする事にもだいぶ慣れてきたので、半荘戦も混じえつつこのまま平均順位が2.3代のまま数百試合推移して鳳凰卓まで行く事を狙っていますが、そういえばその前に六段&400戦以降R2000の方をさっさと達成しとかないといけません||・v・)ノシ(負けフラグか)

(補記)
こういった記事の場合牌譜解析のデータを出した方が都合が良いのでしょうが、どうも解析データがあると「特定の数値拘り症候群」(例えば打っている最中にも平均順位を良化させるよりも、いかに立直率を調整したりラス率を下げたりするかという事etcに異常に拘る)を罹ってしまうので最近は課金していないです(; ・`д・´)まぁ、打ち方が本当に安定していると実感出来たらその内課金を再開すると思いますが。

(2/23日追記)

「押し気味に矯正した」というのは具体的には、上述の通り解析データを取ってないので正確ではないのですが、立直率2割・副露率4割ぐらいのやや放銃を許容した攻めっ気のある打ち方に戻したと言い変える事が出来ます(*1)。この考え方の根本としては、仮に和了れば後の展開が楽になりますし、もし放銃しても残りの局で取り返せば良いという思想があります。そして、この打ち方は一見トップラス麻雀になりそうですが、試合数は少ないとはいえ今のところなっていない様子です。そのためには、基本的には押し気味に打つけれど、局と点棒状況次第では自分の手が良くても絶対に放銃してはいけない場面を把握する必要があるのだと思います。

そして、自分も下手糞なのを承知で言わせてもらうと「格下狩り」をするには基本的に攻め麻雀の方が都合が良いのだと思われます。これが例えば天鳳の鳳凰卓などではもう少し守備気味にシフトさせる必要性は出てくるのかもしれません。

*1:参考までに、今月の「涼微風々」の今のところの和了率26.1%、放銃率15.3%です。過渡期でしたのでさすがに放銃率は高すぎます。もう2%程度は減らしたいところ。

(2/26日追記)
結局、現時点で「涼微風々」垢で今月143戦打っているわけですが、今月前半の「蓬莱山=輝夜」垢と比べて成績が圧倒的に良くなっている模様です。この良化の一因に、ある程度成績が勝ちに偏っている所謂「確変」が関与しているという事は認めますが、その中においても無駄な放銃が多かったのも事実としてあります。というのも、今月守備よりの麻雀から攻めよりの麻雀に転換した際にどこまで突っ張って良いものか探り探りだったので、今では大分修正していますが、この143試合の中でも無駄のある打ち方が幾つかあったのは事実です。

そう考えると、その無駄に修正パッチを当てた打ち方は結構なレベルの打ち方になっているのかもしれません。もっとも、その事が事実かどうかを知るためには少なくとももう数百試合打つ必要がありますので現時点ではどれほどの実力なのか知る由は無いです。(*2)

打ちましょう・・・!
どんな暗闇の中でも、
試合数を重ねさえすれば
実力は示される・・・!
AA(ry

ところで、確変が起こった後には必ず地獄が来るというような事を唱える人がいますが、その種の言い方は正しくありません。というのも、ある確変が起こる前に確変が起こる確率とある確変が起こった後に確変が起こる確率は同じだからです。要するに、次戦の結果は前戦の結果に(メンタル的な部分を除けば)左右されません。ですので、確変が終わったからといって打ち方を変えるという方法は賢いやり方とはいえません。ある程度上手くいっていた打ち方でもう数百試合打ってみてそれでも駄目そうなら見直しを検討してみる方が良いと思われます。

*2:ここで一つの問題としてその数百試合をこなす前に飽きてしまわないかという事が挙げられます。というのも、この記事で少し言及したように恐らく私は自己満足を達成出来たら飽きると思うからです。要するに、私は他人に段位やRを認められたくてモチベーションとしてやっている部分はあまりなくて(そういったモチベーションが高い人ほど盛んに他の麻雀打ちと交流している傾向になるみたい。いや主観ですけども)、麻雀を通して麻雀自体に関することはもちろん麻雀以外の事に関しても色々と考える事をモチベーションとして打っているので、今現在数ヶ月前の全く勝てなかった時期よりも必死さはやや減少気味ですし、このまま好成績を維持出来るようなら、当然考えて判断を変えるべき部分も少なくなるので、ただ単調に今の判断基準に従って打つだけという事になってしまいます。

ですから、もう一度打ち方を練り直さないといけないぐらいの負け期が来ても個人的には面白いと思っているのですけどね。まぁ、取り敢えずこれからもぼちぼち打ってしばらく様子を見て見る事にします。(鳳凰卓に行く事をモチベーションにしてみても良いかもしれませんが、どうも見たところ面子の固定が激しいみたいですし、というか今月の成績でまだ六段まであと520ポイントありますから結構時間が掛かりそう。(確変君が混じる可能性が高いけど)特上で100試合平均順位2,3を切れたら鳳凰卓に行けるとかにしてくれ~)←そんなにこの世は都合良く出来ていない

あと半荘戦打つとか言っておいて全く打っていないのは、例えば東2局に立直してその後親に追っかけ立直をくらい、数順後自分で槓出来る牌を持ってくるけれど間違えて切ってしまって親満に刺さるなどしたら(実話)後の局打つのがだるくなるからです。(東風戦ならミスってラス引いた!で割り切れるけどね)

ハンドルネームのセンスと作り直しについて

私が今、主に天鳳で打つ際に使っている「蓬莱山=輝夜」というハンドルネームの由来は「東方Project」(*1)というシューティングゲームのキャラクター名から取っているのですが、何かのキャラクター名からハンドルネームを決めるという行為は、その対象のキャラクター又はそのキャラクター元のゲームや漫画などの何かに惹かれる所があるという情報が汲み取れるぐらいで、あまり個性がある付け方とは呼べないですし、そしてもう一点さすがに数ヶ月間同じハンドルネームで打っているとその文字列を見る事に飽きがきたので、今の自分ならどんな新しいハンドルネームを付けるのか試しに考えて作ってみました。

その結果、「儚麗緋燐」というハンドルネームが考案されたのですが、由来としては個人的に平仮名よりも漢字が好きという点と「蓬莱山=輝夜」というハンドルネームを付けた際と同様に「東方Project」というゲームのキャラ名や曲名の中から好きな漢字を選んで適宜くっ付けたら、一般的には好まれないであろう読み難く、覚え難く、親しみ難いID名が出来てしまいました。しかし他人に何と言われようとも、こういった組み合わせの文字列が好きなのですから、ハンドルネームの機能的な問題点を含んでいるのは仕方が無い事として諦め個人的なセンス(趣向)を優先させるという方法を取りましたし、多くの人もまたこの方法を取っている事でしょうから、そういった他人のセンスみたいな抽象的なものを考察してみるのも面白い事なのかもしれません。

また、このハンドルネームの読み方と意味は特に定まっていないので、各々恣意的に読みや意味を付ければ良いと思っていますが、一応音読みすると「ぼうれいひりん」となり、意味を取るには四つの漢字一つ一つのニュアンスをくっ付けて一纏めにするという手法で意味を取れば良いのではないかと思います。

さて、ここで新しいハンドルネームを作るという事に対して、言い換えるとハンドルネームを作り変えるという行為に対しては揶揄すべきものだという風潮は割と広まっているものだと思われます。というのも、麻雀のハンドルネームを作り代える際に最もその動機として高いと考えられているのは、現在使っているハンドルネームの成績が悪化したために心機一転を目的として作り直すけれど、結局その作り直したハンドルネームの成績も元の成績と同じ様な成績に収束する場合が多いので、その行為が愚かく思われる事からだと考えられます。

しかしながら私が新しくハンドルネームを作ろうと思った理由は一段落目に記述した理由からであって、別に「蓬莱山=輝夜」の特上卓の総合成績が現時点で平均順位2,5代であるからというわけではないという事は一応記しておこうと思います。そして、この平均順位2,5代という成績は要するに特上卓で負け組みであると捉える事が出来るので、人によっては二度とこのハンドルネームで打ちたくないどころか二度と見たくないと思う人もいるものと思われますが、私自身の考え方としてはこの平均順位になっている事にもそれなりの軌跡や意味がありますし、何より平均順位は打てば良化させる事が出来るものなので、特にそういった成績的な事は気にせずに、これからも普通にこのハンドルネームで打ち続けると思います。

寧ろ、「儚麗緋燐」の方は今のところ殆ど手を付けていないです。というのもこのハンドルネームを作って少し立ってから押し引きの感覚が(多分)戻ってきて取り敢えず特上卓でもう少し試合数を重ねてみようと思ったからのですが、一般卓や上級卓でこのハンドルネームを見掛けた際にはどうぞお手柔らかに宜しくお願い致します。

*1:この「東方Project」は、ゲーム自体の内容や二次創作ももちろん良いのですが、個人的には個性的な音楽と独特の世界観が好きなのです。

麻雀を飽きるという事について&敢えて長文で文章を書く理由(コメント欄)

人間の性質上、一般的に何をしていても飽きが来るもので、こと当ブログで取り扱っている麻雀に関しても殆どの人はいつかは飽きてしまうものなのだと思います。

私も麻雀暦がそんなに短いわけではないので、過去今よりもっと麻雀が下手糞だった時代に二回ほど麻雀に飽きた事があります。一回目はテレビゲームのCPUにあまりに負けなくなってしまったため、二回目は東風荘で全く勝てなくなり、その時期に丁度他に面白い事を見つけたためにです。

ここで、私自身の経験のみから見ても麻雀を飽きる事に関する二種類の状態を捉えることが出来ます。まず一つ目は対戦相手と実力があまりにもかけ離れてしまい殆ど負けなくなってしまったためにつまらなくなって飽きてしまうという状態で、そしてもう一つは自分の実力の限界を感じてしまいそれ以上打っていても上達を見込めないので飽きてしまうという状態です。

この二種類の飽きに関する状態を天鳳の特上卓に当て嵌めてみると、一つ目の対戦相手とあまりに実力がかけ離れてしまい殆ど負けなくなってしまうという状態はゲームの性質や実力判断の難しさからまず起こらないと言えるでしょう。というのも、麻雀の実力を計るためには相当な試合数をこなす必要があり、その相当の試合数をこなした後に、天鳳の特上卓の打ち手と成績を比較してみても、普通その差は微々たるもので飽きるほどの圧倒的な差をつけるといった事態はまず起こりえないからです。その変わりある程度の高段位をクリアー条件と仮定して、その目標を達成したら止めてしまうという目標達成としての飽きはあると思います。

という事で上記より、一般的に麻雀に飽きるという事態に陥るのは、後者の自分の実力に限界を感じてしまい飽きてしまうという状態が圧倒的に多数を占めると言えます。そして、そういったあまりにも勝てなくなって飽きてしまった時にひっそりと麻雀を止めていってしまう人もいれば、引退宣言やID晒しなどをして他人に存在をアピールしながら止めてしまう人もいますが、その辺りは性格の差なのでしょう。

さてここで、個人的な本題に入ってなぜ私がこの話題に関する記事を書こうと思ったかというと、私自身の三度目の麻雀の飽き、つまり天鳳を飽きて打たなくなる日がいつ来るのかという事を最近ぼちぼちの試合数を重ねつつも漠然と考えているからなのでしょう。多くの人が飽きる事態の種になると思われる実力の限界を感じるという事について私は、今のようにある程度試合数を重ねつつも、打っていて少なくとも自分で気付くミスや疑問点が殆どないけれど成績が全く上がらなくなった時に三度目の飽きの状態になるのではないかという気配を(さすがに以前のようにほぼ手探りで打っている時よりも感じますが)今のところそこまで具体的に感じるという事はないのですが、いつの日か大した成績も残さずに麻雀を飽きてしまうという事が来てしまってもそれはそれでまたそのときの言い分があるのかもしれません。そして、私が麻雀を止める時は性格的にひっそりと止めるのだと思います。

(補記)
この記事で取り上げた二種類の飽きにも関する状態として、強制的かそうじゃないかに関わらず麻雀の他に代替する事が出来たという状態も考えられます。もちろん麻雀のみで世界が回っているわけでもないですし人が楽しいと思う事も千差万別ですから、麻雀から離れることもまた自然な事なのでしょう。
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